マズルカをお喋りするように

EC第2回ヨーロッパ国際ピアノコンクール in Japan 大阪地区本選会

今年は、2名の生徒さんが課題曲コースにエントリーされている。
審査員には、リヒャルト・フランク先生(ポーランド人) ジュゼッペ・マリオッティ先生が。
このコンクールは、各セクション毎に講評の時間があり、講評の中で実際に「このように弾くと良い」と、特別アドヴァイスで実際に音を出してくださる。

高校生の課題曲、マズルカOp.67-4 についてのコメント

リヒャルト・フランク先生のアドヴァイス

「コンビニのマニュアル通りのしゃべり方にならないように。音楽は心の表現であるから、マニュアルにはない会話が何より。たとえば、2・2・4のshort・short・longのフレーズの弾き方、僕ならこんな風に弾いてみるな・・・」と、最初は付点四分音符を強調した弾き方、次のフレーズはもっとためらうように、次に来る長いフレーズは長さを意識し出だしはスピード感を持たせて膨らませていく・・・という風に聴かせてくださった。

正直、マズルカのような民族音楽はリズム的表現が難しいもの との先入観がある。
実際に演奏する場合は、陶酔したような演奏にならないように、和声やリズム(メロディー、伴奏の入り方)を分析したり、独特の音遣いから何が表現されているかを分析したり、様々なアプローチで作曲者の意図を探り、構成を練っていく。
そして、勿論 あらゆるマズルカを聴き、この曲特有なものも感じ取っていく。
でも、今日のお話から、もっとその日の気分、会場の広さや響き具合、自分がその瞬間に感じたものを自由に表現する方が良いのだと、教えていただいた。
さて、どこまでやって良いものか・・・

計らずしも、日本ダルクローズ・リトミック界の大御所M先生の書かれた、

「リトミックと即興演奏」という文章の中に、「自ら音楽を創り出すことなしに、既に創られた作品の価値を、真に実感したり知ることは不可能に近いと思います。
・・・・―略― ・・・・
すなわち、作曲された作品を演奏するという事は、その作曲家のメッセージだけを無色透明のフィルターを通して伝える、ということではなくて、演奏者の考えや感性や主張が、その作曲家と或る意味で対峙しながら、または協調しながら表現されるということだと思うのです。」

とあるのを、つい先日読んだところだった。

これだな~~
が、言うは易し なのだ。
と、構えてはいけない。

Chopinがどんなに大作曲家であろうと、心をこめた時には必ず返ってくるものがある。

さてと、もう一度この曲を弾かせてもらえるファイナルに向け、どんな風にレッスンしていこうかな・・・
その他、今日は自由曲部門の高校生の演奏まで聴いたが、とてもレヴェルが高かった。

音を大切に弾く、これは極一般的になってきている感じがした。
若い子たちの演奏って、純粋でとても惹きつけられるものがある。
ドキドキするような、素敵な演奏に「ピアノっていいな~~」と、幸せだった。

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