──音楽教育で本当に育てたいもの──
最近、「音楽レッスンを録画したり、内容を文字起こしして渡したりすること」について、否定的な意見を目にしました。
その考え方の根底には、「レッスンは、その瞬間に全神経を集中し、自分の心と身体で受け止めるからこそ意味がある」という教育観があります。
私は、この考え方には大切な真実があると思っています。心が動いた瞬間の体験は、人の中に深く刻まれます。だからこそ、レッスン中に集中し、自分の耳で聴き、自分の身体で感じ、自分自身で考えることは、とても大切です。
実は私自身、「レッスン中はメモを取らず、全身で覚えなさい」という指導を受けてきた生徒の一人でした。おかげで集中力はずいぶん鍛えられましたが、レッスン室を一歩出た瞬間、習ったことの半分ほどは見事に霧の中…ということもありました。
けれども私は、この問いに対して、もう一つ考えたいことがあります。それは、「私たちは、どのような子どもを育てようとしているのだろう」ということです。
教材そのものが問題なのではない
レッスンの録音や録画は行わなくても、著書や楽譜、CDなどを通して理解を深めることを勧められる先生は少なくありません。それらは、レッスンの代わりではなく、学びを深めるための教材です。そう考えると、問題は録画か録音か、本かCDかという「教材の種類」ではないように思います。
本当に大切なのは、その教材が、子どもの主体性を育てているのか。それとも、考えることをやめさせ、依存を生んでしまっているのか。そこではないでしょうか。
教材は、使い方によって、学びを深める道具にも、自分で考えることをやめてしまう道具にもなります。だから私は、「録画をする・しない」という議論よりも、「教材をどう教育の中で位置づけるか」のほうが重要だと考えています。
主体的に学ぶ子ほど、教材を生かしている
私の教室では、レッスンのまとめと、自習用のテキストを生徒に渡しています。その理由は、「レッスンをもう一度受けるため」ではありません。
家庭での練習の中で、「先生は何を伝えようとしていたのだろう」「今日はこの一点を意識して弾いてみよう」。そんなふうに、自分で考えながら学びを深めるためです。
興味深いのは、この教材を上手に利用しているのが、決して「苦手な子」というわけではないということです。
むしろ、自分で考える力があり、演奏もよく伸びている子ほど、まとめやテキストを積極的に活用しています。
練習記録には、「今日はここを改善する」「昨日より左手が安定した」「次は音色を意識してみよう」。そんな言葉が並びます。先生から言われたことをそのまま書き写すのではなく、自分の言葉に置き換え、自分の練習へと結び付けているのです。
もちろん、全員がそうとは限りません。「レッスンまとめ、ちゃんと読んでる?」と聞くと、「ううん……」と、まっすぐにこちらを見ながら首を横に振られることもあります。渡している側としては、地味に堪える瞬間です。
けれど、そういう子に限って、どこか申し訳なさそうな、自分でも情けないなあという表情を見せるものです。その表情の中に、「もっとちゃんとやりたい」という、その子なりの伸びようとする意志が透けて見えて、こちらまで少し嬉しくなる瞬間でもあります。
そういう積み重ねが、曲の完成度を高めるだけではなく、「どうすれば上達するのか」「どう考えながら練習すればよいのか」、そうした学び方そのものを、身につけていきます。私は、ここに教材を用いる大きな意味があると感じています。
教育の目的は、自立を育てること
この視点は、レッスンの軸に置いているダルクローズ・リトミックの考え方とも重なります。音楽を頭で理解する前に、身体で経験し、自分の内側から気づいていく——答えを外から与えるのではなく、自分の中に問いを立て、考える力・感じる力をともに育てていくという姿勢です。レッスンまとめや自習テキストも、同じ向きで使うことができます。
もちろん、まとめやテキストがなければ学べない子を育てたいわけではありません。本当に目指しているのは、その逆です。
教材がなくても、自分でレッスンを振り返り、自分で課題を見つけ、自分で音楽を深めていける人へと育っていくこと。
レッスンまとめや自習テキストは、そのための「補助輪」のような存在です。いつか必要なくなることを目標に、一人ひとりの育ちに合わせて活用しています。
私が音楽教育で育てたいもの
私が音楽を教える目的は、演奏技術を身につけることだけではありません。
音楽を愛すること。音楽によって心が癒されること。美しいものに感動できる心を育てること。音楽を通して、人や人生について考えること。そして、自分という存在を大切に思い、自分なりの軸を持って人生を歩んでいけること。
そうした力は、一曲上手に弾けるようになること以上に、その子の人生を豊かにしてくれると信じています。だからこそ、私は教材そのものの善し悪しを論じたいのではありません。
その教材が、子どもを受け身にするのか。それとも、自ら考え、自ら育っていく力を支えるものになっているのか。音楽教育で本当に大切なのは、その視点なのではないでしょうか。
そして私は、これからも目の前の子ども一人ひとりに合わせながら、「音楽を学ぶこと」を通して、「人生を学ぶ力」を育てていきたいと思っています。

