ピアノレッスンも奥深い・・・

しばらく前になるが、ダニー・ドライヴァー(ピアニスト、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ音楽学部演奏学科長、王立音楽大学ピアノ教授)の公開レッスンを聴講させていただいた。

前日には、大阪大学にて、リゲティ・ジェルジ(1923-2006年)によるピアノのための『エチュード』(全18曲)のレクチャーコンサートにて圧巻のテクニックで演奏披露され、こんな実力あるピアニストが一体どんなレッスンをされるのかと、自分がその場に立ち会えることの嬉しさと不思議さを感じながら、夢見心地の時間だった。
レッスン曲は、ブラームス間奏曲Op.117の3曲。

演奏者に対して、深く思考を促し、自力で音楽を湧き立たせていく誘導をされるレッスンで、聴講しながらも演奏者と先生の目指し奏でる音楽に積極的に関わっている感触を覚えた。

例えば一般的なレッスンでは、「内声にある旋律を際立たせて弾くべき」という内容を、「ブラームスのこの曲が音楽史上(ブラームス自身のキャリアの中においても)、どの様な意味があるのか?」との質問を投げかけ、シンフォニーを書き上げたのちしばらく創作から遠ざかっていたブラームスがクラリネット奏者と出会い創作意欲を取り戻し、クラリネットの曲を多く書いたことから、この曲も旋律の美しさ&歌わせ方を考えた筈…という説明から思考を誘発させ、その音色まで変化させるというところまで結び付けていく。

また、「短二度上への転調、ハッとさせる様な切り方で」と端的に教えてしまいそうになるところを
「ナポリ的な雰囲気の切り替えの意味を考えて」と、演奏者の表現しようという心を刺激する。
「小節の頭に不必要なアクセントが付いている」事に対しても、「長いフレーズスラーを意識して、なだらかな流れにする。その為に逆説的に肘を上に挙げる動きの中で音を出してみては…」と、演奏者の弾き方の癖全体を修正させていく。

などなど、演奏者の実力もあったからこそとは思えど、短時間のうちに見違えるように芸術性を帯びていく様子に驚嘆させられた。
表面的な方向性の修正に終わらず、音楽を深く掘り下げて、興味を広げていくレッスン。

楽譜の中からポリフォニーを読み取り、4声体にしていく練習方法。シークエンスのメロディに対する和声の違いを分析すること。半音階進行は聴衆によく伝わるように、外声と良く聞き合わせていく事。ダイナミクスの流れは自然にそう響くように期間をかけて楽器を鳴らしていく事。ユニゾンの中に現れる和声が目立ちすぎないようにect.・・・いずれも、「弾けている」ことからそれ以上に求められる音を汲み出し、作品の持つブラームス晩年の精神性の表現に直結していた。凄い知識量と見識。

「ここはこう弾く」とは決して教えない、「どう弾こうとしているのか?」等と無粋な質問もしない、演奏者がより深められた表現をしていくには何が必要なのかを瞬間的にキャッチしてそこへ誘導していく。こんな優秀なガイドと一緒に山登りをすれば、思いもよらなかった美しい景色に出会え、より高い山へ登っていけるなあと、つくづく感動させられた。
ダニー教授は科学者として脳科学も深く学び、それでも「音楽に直接携わっていられるほうが人生がより有意義で楽しいと思った」のだそうだ。凄い人は本当に凄い!

手の小さい我々日本人女性がいかにピアノを習得すればよいか?の質問に、アレクサンダーテクニックを自らも学ばれたとのこと。小さい手の人は例えばモーツァルトなどはとても合っているし、しなやかに弾力性のある弾き方を工夫すれば大丈夫と、何とも紳士的な回答。
「ピアノをもっと弾きたい!」と思える先生とは、かくあるべき。学びは尽きない。

それにしても、ダニー教授のこの動画。リゲティとも、ブラームスとも全く違う世界。この笑いを理解する聴衆もまた乙な方々である。