音にもコスチューム

先日、MozartのPiano Sonataの中でも、とても悲劇的でドラマチックな A minor K. 310のレッスンをしている時、曲の時代様式にあった表現の話になった。

何の先入観もなく現代の感覚のままこの「カッコいい曲」を弾くと、思わず情感を込めてプッチーニのアリアのように「うたって」しまいそうになるが、Mozartの生きた18世紀後半の音楽スタイル、特に当時の楽器がどのようなもので、どんな音色だったのかを調べながら、どのように音楽のイメージを持って弾くか一緒に考えてみることにした。

ルネッサンス以降、器楽の声楽からの独立により、いろいろな楽器が作られるようになるとともに、楽器特有のテクニックや様式が発達し始める。

ピアノの歴史は、モノコード(1弦琴)まで遡る。

ギリシャ時代、モノコード(1弦琴)において数学上の計算に基づいていろいろな音程を出せるようにと、学者たちは弦を正確に分割していたらしい。オクターヴ、5度、4度はこの時代に決定された。が、3度と2度の標準についてはまだ決定することが出来なかった。

その後、グレゴリオ聖歌や民謡などのホモフォニックな音楽から、2声や3声のポニフォニックな音楽へと発展すると、ハーモニーが生じ音楽は法則と組織なしに成り立たなくなり、その結果、音高と音程の正確さが必要となり、全音と半音を標準化することが求められた。

そして中世の音楽家たちは、計算を基礎とした旋律的な3度よりも、和声的に協和する3度の基準を耳によって決定していったらしい。

モノコードは、ハープや弓奏ライアなどの楽器の調弦として、また一緒に演奏する楽器として使われ、次第に2本以上の弦を使うように改良され、多弦式モノコード(Polychord)からさまざまなピアノの前身楽器たちが登場してくることになる。

ダルシマー02上から弦をばちで叩くものとして名を知られているものが、ハンマードダルシマー(英)ハックブレット(独)で、この系統の楽器で現代の作曲家も使っているのが、チンバロン(ハンガリー語)。

また、鍵盤機構をつけて下から弦を叩くものとして、クラヴィコードが15世紀に発明される。この弦を下からハンマーで叩いて音を出すクラヴィコードが、今のピアノの直接の先祖といえる。

プサルテリー03その他、弦をはじいて音を出すものに、プサルテリー、ツィター、それらに鍵盤機構をつけたスピネット、ヴァージナル等がありこれらは主にスクエア型、15世紀に発明されたグランド型のチェンバロは、17世紀に発達した。

同じ奏法(叩くか・弾くか)の楽器でも三角形だったり、台形だったり、平行でない線がカーヴしていたりと、はたまたスクエア型だのグランド型だのと、形状が様々で数えきれない種類があり、また同じ楽器でも言語によっても呼び方が違った。

ハーディガーディ01また弦を擦って音を出すヴァイオリンの先祖のような、ハーディガーディという楽器のことも古楽器をよく知る人にとっては忘れてはならない種の話だろう。上記のプサルテリーも弓奏されたものは、ボウド・プサルテリーと呼ばれた。

ということで、ここではバッハからモーツアルトの時代に主に使用された鍵盤楽器は、笛の原理で音を出すパイプオルガンを含め、クラヴィコードとチェンバロだったということにする。

クラヴィコード05さて、やっと本題に帰るわけだが、クラヴィコード(Clavichord)が何故ピアノの先祖と言えるかというと、音量が鍵を叩く強さによって調整が可能という構造になっているからだ。また打鍵後も鍵を押す強さによってピッチが変化し、これを利用してビブラートをかけること(ベーブング)も可能である。 鍵を離すと弦からタンジェントが離れ、弦全体がフェルトで消音される。

ちなみに、クラヴィコードも長―い年月をかけて改良を繰り返されたが、その途中に鍵盤が半円形だったり、放射線型だったり、上鍵・下鍵の黒鍵白鍵の色が逆だったり、鍵盤配置が短縮オクターヴだったり、分割オクターヴだったりと、その変遷を辿るだけでも製作者や作曲者(この時代は作曲者と演奏者は同じ人だったことが多いので)たちが、試行錯誤しながら曲が出来上がっていたことが偲ばれて興味深い。

またまた脱線しそうになったが・・・^^;

クラヴィコードについて、大バッハの息子であるC.P.E.Bach が「指の力をつけるためにはハープシコードを、音楽を学ぶためにはクラヴィコードを」と「正しいクラヴィーア奏法への試論(第一部1753年、第二部1762年)」で述べているらしいが、奏法によって様々な音色の変化が出せるこの楽器が、現代にも残る名曲を多く生み出したと考えてみるのも面白い。

「百聞は一見に如かず」

今の時代は、なんでもYou Tubeで検索できるから、こういう時に本当に便利だ。

YouTube 01

Clavichord Prelude in C major – Eduardo Antonello

私も学生時代にこの楽器の実物を見て、想像以上に小型で、音も小さく、繊細で(当時の私の耳には不安定な音という印象さえ持った)、本当にこの楽器で昔の人は創作意欲が湧いたのだろうかと不思議に感じた。

現代のように乗り物や機械の暗騒音も無い当時、静寂も現代とは全く違っただろう。耳にする音自体が自然ベースで、当然楽器や音楽の音の聴き方も現代人とは違うのだと、そんなことも考えたが、それは差し引いても、モーツァルトのソナタをこの楽器(クラヴィコード)で実際弾いてみたらどんなだろう・・・?まず、現代のピアノ奏法のままでは、楽器自体を壊してしまうな、そ~っと指先だけで弾いて、微妙なヴィブラートで長い音をキープさせて・・・と、いろいろ考えた。

この経験は強烈な印象として残っていて、現代の私たちが弾いているピアノでない楽器たちで創作された曲については、必ず作曲者がどんな楽器でどんな音を聴きながら、その曲を作ったのかを知ることが必要だとわかる身を以ての体験となった。

こんな話をしながら、A minor K. 310の1楽章の音のイメージを、

最初の左手の重音の連続、また右手メロディの装飾音符の弾き方、付点音符のリズム感、これらはあくまで繊細に、整然とした音で、またメロディーが重音になるところは、非常にデリケートなアーティキュレーションスラーで・・・

と、クラヴィコードで弾くかのようにイメージしてみると、生徒のその演奏は見る間に変化した。

強弱はどのくらいのエネルギーでその違いを表現しよう、展開部の16分音符の連続はどんな音色にしたらいいかな、など、いろいろポイントになる部分をピックアップしていく。

まるで、その当時のコスチュームを纏ったように、音が曲にあった響きになっていった。

タイムスリップをしたような、楽しいレッスンだった。

さて、現在私たちが弾いているピアノフォルテの発明者は、音楽を愛したイタリア・メディチ家に雇われていたクリストーフォリ(クリストフォリ)。1700年ごろには初期の製品を完成させていて、生涯を賭してこの新しい楽器の改良に努めて1730年頃までに極めて洗練された 完成度の高い楽器に改良したらしい。

そこから始まる、ピアノフォルテの変遷も長―い時間をかけた、多くの人たちの手による壮大なお話。

今日はここまで。