──心で奏でる音の物語──
ピアノの鍵盤に指を置いた瞬間、私たちはただ音を鳴らすだけではなく、一つの物語を語り始めます。
どの曲にも、作曲家が込めた思いや考えがあり、それを丁寧に受け取り、音にしていくことが演奏者の役割です。
音楽の奥にあるものを感じる
楽譜を読むことは、演奏の出発点にすぎません。その曲が生まれた時代、作曲家の背景や心情、そして旋律や和音の中に込められた意図や願い…。
そうした“音の向こう側”にあるものに耳を澄ませることで、演奏はより深みを増していきます。
そのうえで、自分自身の解釈を重ねていくことが、音楽に命を吹き込むことにつながるのです。
心の中に描く、ということ
演奏を支えているものには、音楽に意味や物語を与えていく働きと、音や動き、感覚を頭の中で再現する働きとがあるように感じています。前者は情景や感情を思い描くようなイマジネーションの働き、後者は音や形、身体感覚を内側に映し出す心的イメージの働きです。このふたつは別のものというより、互いに行き来しながら、重なり合って演奏を支えているのだと思います。
興味深いのは、その「感じ方の入口」が、生徒によってまったく違うということです。音の響きそのものから入っていく子もいれば、色や情景を思い浮かべる子、身体の動きやタッチの感覚を通して捉える子もいます。空間の広がりで感じ取る子、感情や物語から音楽に近づいていく子もいる。どの入口が優れているということはなく、自分に合った感じ方を見つけられれば、そこから音楽全体へとつながっていくものだと感じています。
だからこそレッスンでは、「こういうふうにイメージしてごらん」とひとつの方法を押しつけないよう心がけています。景色や物語を鮮やかに思い浮かべることが得意でない生徒もいますが、それでも音楽を理解し、表現することは十分にできるからです。
レッスンの中でよく紹介するのが、アニメーション作品を題材にした見方です。「トム&ジェリー」やディズニーの「ファンタジア」などを見るときに、「動きにどんな音楽がついているか、注意して見てごらん」と話すことがあります。普段は無意識のうちに重なり合っている映像と音楽を、いったん視覚と聴覚に分けて捉え直してみる——そんな遊びのような分析です。そしてこの分析には、リトミックのレッスンで積み重ねてきた「聴いて動く」という経験が、そのままいきてくると感じています。
楽譜を読んで理解し、心の中で音を感じてイメージをつくり、そこに意味や物語を重ね、身体を通して音として表現する。そして、その音をまた自分の耳で聴くことで、理解がさらに深まっていく。この循環を、あせらずくり返していくことが、演奏を少しずつ育てていくのだと思います。
練習は、音を整えるだけではない
技術を磨くことはもちろん大切ですが、練習がただの繰り返し作業になってしまってはもったいないものです。
「なぜこのフレーズはこう書かれているのか」「もっと心に届く音を出すには?」そんな問いかけを持ちながら取り組むことで、音楽とより深く向き合うことができます。昨日より今日、ほんの少しでも曲への理解が深まっていくことが、演奏を豊かに育ててくれるのです。
そして、技術を磨くことと同じくらい大切なのが、心の中に描いているイメージを、少しずつ具体的にしていくことだと感じています。
頭の中でぼんやりと感じているものを、「どんな音なのか」「どんな動きに近いのか」「どんな景色や質感に似ているのか」というふうに、言葉や感覚に置き換えながら輪郭を持たせていく。その作業は、指を動かす練習と同じだけ、地道な繰り返しを必要とします。技術の練習とイメージを深める練習は、別々のものではなく、両輪として積み重ねていくものなのだと思います。
音楽は、人とのつながりの中で広がる
ピアノは一人で練習する時間が多い楽器ですが、仲間と音楽について語り合ったり、先生の言葉に耳を傾けたりする中で、思わぬ気づきや発見が生まれます。他の人の視点に触れることで、自分の中に新しいイメージや表現が芽生えることもあるでしょう。
そして、時間をかけて育ててきた音楽を聴き手に届けられたとき、その体験は何にも代えがたい喜びとなります。
学び続ける姿勢を忘れずに
心の中に描いたイメージを具体的にしていく作業も、仲間や先生との対話の中で得られる気づきも、最終的にそれを自分の音楽として育てていけるかどうかは、演奏者自身の姿勢にかかっています。
誰かに教わることはもちろん大切ですが、自分で気づき、考え、工夫していく力も同じくらい大切です。アドバイスに素直に耳を傾ける柔軟さと、自分で探求していく前向きな姿勢——そのどちらもが、自分の音楽を深めていく大きな助けになるはずです。
ピアノを弾くということは、音を通して自分の心と向き合い、そして成長していく旅のようなものです。その道のりのなかで出会う感動や喜びが、きっとあなたを音楽の奥深い世界へと導いてくれるでしょう。

