「音をキャッチする」ということ

── ソルフェージュ指導、思いのほか長い道のり ──

教室のホームページを見直す作業をしながら、あらためて気づいたことがありました。「ソルフェージュの大切さ」について、これまできちんと言葉にしてこなかったのではないか、と。今回は、指導を続けてくる中で感じてきた、ソルフェージュ指導そのものの難しさについて、書いてみたいと思います。

音の名前は、たった7つしかありません。ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ。それだけを覚えればいいはずなのに、それを自在に使いこなせるようになるまでの距離は、思いのほか長い道のりです。ピアノを教える先生方であれば、この感覚は身に染みておられるのではないでしょうか。

ダルクローズ・ソルフェージュのペダゴジーを学び始めたとき、ある種の衝撃を受けたことを覚えています。「ドレミファソラシドという音階を、あなたならどう教えますか」——そう問われたとき、それはまるで、「1+1はなぜ2になるのですか」と問われているような感覚でした。当たり前すぎて、疑ったこともなかったことを、根本から問い直される。そんな体験でした。

「わかる」はひとつではない、ということ

長く指導を続けていると、「わかる」という言葉のなかに、実はいくつもの別々の力が隠れていることに気づかされます。

歌えなくても、聴き取って楽譜に書ける子がいます。反対に、楽譜は読めて鍵盤の音とも正しく一致させられるのに、音の名前だけはどうしても出てこない子もいます。

スケールも調性判別もできて、ピアノの聴音課題は楽々と書き取れるのに、人の声で歌われた音だけは書き取れない、ということもありました。

近年の認知心理学の視点を借りれば、音を記憶にとどめる『聴覚的イメージング』と、それを発声や指先の動きに接続する『運動スキーマ』は、それぞれ異なる仕組みで働きながら、両者をつなぐ専用の回路によって結びついているといわれています。

ピアノの音には反応できても人の声に苦戦するような現象も、この結びつきがまだ十分に育っていない状態として説明できるのかもしれません。このケースでは、自分自身の声でもう一度歌い直してみる、という手順が必要になります。

「聴く」「歌う」「音名で言う」「楽譜に書く」「鍵盤と一致させる」——これらは同じひとつの力に見えて、実はそれぞれ別の回路で育っているのではないか。本当に不思議だと、今でも思います。

これは、大人にも共通していること

この不一致は、幼児に限った話ではありません。大人の初心者レッスンでも、実に様々なケースに出会ってきました。

「ドが歌えません」という方がいます。一音の響きそのものを、自分の声で捉えることができない、という状態です。

「ドレミファソまでは、順番がバラバラでもわかるけれど、ラシドの3音が加わった途端に、並びが不確かになる」という方もいました。

音楽大学を卒業されている方であっても、楽譜通りに音を歌うのではなく、「自分で音程を作って歌う」という課題になると、正しく歌えないことがあります。

順番に音を並べることと、跳躍した音程を正確に把握すること、上下が入り混じった変化にとっさに対応すること——これらはそれぞれ別の力です。ここに、教える側の工夫が求められます。幼児であっても大人であっても、この点にはあまり大きな差がないように感じています。

だからこそ、手法は一つでは足りない

「わかる」がひとつの力ではなく、いくつもの独立した力の集まりであるとすれば、それぞれの力に向き合うための、それぞれ違ったアプローチが必要になります。ある子には効果的だった方法が、別の子にはまったく響かない、ということも珍しくありません。

ソルフェージュ指導が一筋縄ではいかないと感じるのは、覚えることの量が多いからではなく、育てるべき力そのものが、想像以上に多面的だからなのだと思います。

生徒が「音をキャッチできる」ためのソルフェージュ指導は、様々な手法を組み合わせながら、ケースバイケースの多様なレッスンが必要になると思います。ただ、その「様々な手法」は、思いつきや経験則だけで、場当たり的に選んでいるわけではありません。

音を解像度高く捉えて脳内に保持することと、それを自分の身体器官(声帯や運動神経)へ出力することは、本質的に異なるネットワークで処理されています。だからこそ、単なる聴覚トレーニングにとどまらず、身体感覚を介してこれらの回路を統合していくアプローチが必要になるのだと感じます。

次回は、ダルクローズ・ソルフェージュそのものが、どのような骨格を持っているのかを、少し理論的な側面からお伝えしたいと思います。音の感覚を身体そのものに覚え込ませることで音楽を聴く力を養い、聴覚的な刺激に身体で反応することを通じて、音楽という抽象的な概念を具体的な感覚として捉え直していく——ダルクローズ・ソルフェージュとは、聴覚だけでなく、運動や身体感覚まで、脳の広い領域を横断的に働かせながら音楽を学んでいくプロセスなのだと思います。その骨格を知ることで、なぜこれほど多面的なアプローチが必要になるのかが、もう少しはっきりと見えてくるはずです。

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