ホロデンコのオールショパンプログラムを聴いて

ザ・シンフォニーホールでFAZIORIのピアノによるホロデンコのオールショパンプログラムを聴いた。

芳醇な香り、強烈な引力、色彩鮮やかな音、曲の細部を炙り出す知性・独自のエッセンス、爽快なリズム、美しいレガート… 魅了された。

ノクターンの2曲から始まったプログラム、弱音のグラデーションの豊かさに聴衆の耳を慣れさせてから、変ロ短調ソナタの縦にも横にもディープな世界観を聴かす意図があったか⁉︎と思わせるような、独自のショパン

どう弾けばその音が出るのかと、ペダリングに自ずと目がいく。(隣のご婦人は一階席なのにオペラグラス持参。4本ペダルをどう使うかって話題になっている様ですね。)

これは強靭な手・ガタイをして繰り出されるテクニックで、それを制御しながら何層にも変化可能なタッチコントロールをしているのだなぁと… 例えば音の減衰のさせ方もスーッと伸びたままフッと消える、急激なディミニュエンドを作る等。反対に長いフレーズの山場には開始にソフトペダルを上手く使う等 、聴いた事の無いような多彩な音の連続。

地鳴りのようなフォルティシモ、空高くから舞い降りてくるかのピアニッシモ、これがかのロシア奏法かー!と多彩な演奏技法に驚嘆。

特にピアニッシモのコントロールの細やかさには張り詰めた緊張感が続く。変ロ短調ソナタ3楽章中間部の甘美で鈴を鳴らすような響き、そしてほぼピアニッシモで弾き通した4楽章では少し丸みを帯びた柔らかな音で、霧の中から不意に何かが形を表してくるかの期待感を感じさせるような面白さ。そのピアニッシモには会場中の空気がピーンと張り詰め、全聴衆が固唾をのんで見守るかのような緊張感が漂っていた。

 

ロシア奏法では、タッチにより倍音の響きを調整して他の楽器の音に近づける(こんな事が可能なのか?と思ったけど)という話を聞いていたが、ショパンにもアンコールのラフマニノフにもスクリャービンにも、ホルンなどの低音金管、ティンパニのようなパーカッション等を含むオーケストラの響きを聴こえて来た。

 

ショパンはあくまで優雅に繊細に・フォルテはうねりの中から自然に湧き出る感情表現であり、打ち鳴らす音は絶対に出さない。長いフォルテの続くフレーズにも、少し引いた柔らかな音を入れるところが非常に制御された感。

打って変わってアンコールのラフマニノフ、スクリャービンといった所謂ロシア物は、爆発的に感情を吐露させた感じで、「いや、もうこれは血でしょう。こう弾く物なんですねー」としか言えない説得力。弾き始めた途端に、ショパンの歌わせ方とは違う、艶めいた濃厚な情感を表現している。ト短調の前奏曲は、開始の躍動的なリズムのワンフレーズで会場中を虜にしてしまい、中間のメロディックなところで涙目になっている人も多かった…ような。

スクリャービンの詩曲では、出だしの増音程に酔わされ、後半繰り返される短2度には心の中にあるものを抉り出されるような魔薬めいた不気味さ、でも決して無様ではなくて気品がある。

 

まだ30代前半という若さにして、この表現力、凄い巨匠になりそうな…

またの演奏を楽しみにしたい。